ドイツザイフェン村について

ザイフェン村とエルツ山地について

ドイツ・ザクセン州、ドレスデンから南に50kmのチェコとの国境近くにエルツ山岳地帯(Erzgebirge)は広がっています。
夏は山岳リゾート、冬はスキー客で賑わう田舎町ですが、この町が一番賑わうのはクリスマス前。

「おもちゃの村」として名高いザイフェン村のメインストリートには世界中から人々が訪れます。
彼らのお目当てはこの村で何百年も前から作られているクリスマスツリーに飾る木製オーナメントやくるみわり人形、窓辺を飾るロウソク立てや天使のミニチュアなど。

エルツ山地の中心ザイフェン村の人口は約3000人。内2000人が何らかの形でおもちゃに関する仕事についています。

おもちゃ作りは家族単位の小さな工房がメインで現在は150件ほど。
それぞれの工房に、何百年も前から代々受け継がれてきたモチーフがあります。
たとえばライヒセンリングは花市場、グンターフラットはミニチュアの部屋というように代表作のある工房以外にも、聖歌隊の顔の描き方や色の付け方など、作品を見ただけで誰の作かどこの工房か分かってしまうほど、頑なに伝統を守り続けています。

一方、伝統を踏まえつつ新しいデザインを次々に発表しているビヨルン・ケーラーなど意欲的なメーカーも増えてきていますが、どちらにも共通して言える事は、ものづくりに手を抜いていないという事です。

工房紹介へ

クリスマスグッズがあふれる店内
クリスマスグッズがあふれる店内
メインストリートに建ち並んでいます。
メインストリートに建ち並んでいます。
くるみわり人形
くるみわり人形

村のあちこちにおもちゃがあります
村のあちこちにおもちゃがあります
おもちゃのモチーフにも登場する教会
おもちゃのモチーフにも登場する教会

ザイフェンに行くには

ドレスデンからバスで終点オルベルンハウまで、乗り換えてザイフェンまでという経路が一番簡単だと思います。
乗換えがスムーズに連絡している便は一日3便。ドレスデン駅前から出ています。
詳しくはコチラ

ザイフェンの歩き方

メインストリートにツーリストインフォメーションがあり、地図、イベントスケジュールパンフなどが揃っています。
大きなお店や工房直営店が並んでいるのはHauptstrasse。
作業工程を見学できるのは、リヒャルト・グレーザーのお店の奥(有料、写真撮影不可)とザイフェナー・フォルクスクンストのお店(有料、写真撮影可)
野外博物館など
詳しくはコチラ

個人の工房は表にVerkaufenと表示が出ていれば、比較的オープンで直売もしてくれますが、飛び込みで作業風景まで見ることは難しいかも。基本的に工房は事前のアポが必要と考えてください。

ザイフェンの歴史

エルツ地方は14世紀ごろから錫の鉱山として栄えました。
未開の地であったエルツ山地に錫鉱脈が発見されたのは13世紀。
最も古い公式な記録として1323年7月26日付けの鉱山地の採掘契約書が残されています。

同時に採掘のために近隣の山林を切り倒し、その木材を燃料にした、ガラス細工作りも行われていました。
ガラス製品は実用品だけではなくシャンデリアなど装飾用の工芸品なども作られており、後に木のおもちゃ作りに産業が転換した際にも色合いやデザインなど、木の作品にも大きな影響を与えました。

ザイフェンでは最初、資源が豊富な当初は露天掘りが中心でした。
屋外で岩肌を削り、すぐ横を流れる川をせき止め砂や葉などの余分な物を洗い流します。
現在の地名seiffenはドイツ語で「洗う」を意味するseiffeが由来と言われています。
不純物の少ないザイフェンの錫鉱石は質の良い事で有名でした。

15世紀後半から岩穴を掘る採掘方式に徐々に変わり鉱山の周りに錫を溶かすための建物などが立ち並ぶようになって来ました。

しかし、どの時代も鉱山の仕事で充分な収入を得る事は難しく、人々は農作業などとの兼業で生計を立てていました。

17世紀に入り資源の枯渇、海外からの安い鉱石の流入が産業に打撃を与え遂に1849年ザイフェンの事務所が閉じられ鉱山の歴史は幕を閉じました。

その間、ろくろ旋盤でおもちゃを作る人は1650年1人、1670年23人、1770年100人、1880年675人と増えていき鉱山からおもちゃ作りへと産業が転換していきました。

近隣の豊富な木材資源と、錫鉱石を砕くために使っていた水車の動力を利用したろくろ(木工用旋盤)で木を削りだすライフェンドレーンというこの地方独特の手法が生まれたのもこの頃だといわれています。

社会主義体制下に置かれた1989年までは従業員10人以上の会社は国営となるため、小さな工房はそれぞれ家族単位で存続してきました。
(家族でリビングの大テーブルを囲み、子どもも総出で部品を接着・彩色する様子は、おもちゃのモチーフの中にも度々登場しています)

どの時代も生活は苦しく、ブリキのおもちゃの台頭、木材の値上がり、量産化のための品質低下とさまざまな問題がありました。
旧東ドイツ時代、エルツのおもちゃたちは主に外貨を獲得するために輸出に回され、それを作っている子どもたちが実際に遊ぶことはありませんでした。
ミニチュア製品が多いのも材料となる木材を有効利用するため、また輸出の際の関税が重量によって決められていたため年代を経るにしたがって、どんどん小さくなっていきました。

14世紀ごろ 川で鉱石を洗う(Gedrechselte Geschichteより出典)
14世紀ごろ 川で鉱石を洗う
(Gedrechselte Geschichteより出典)
19世紀ごろ 子供も労働の一端を担う(SPIELZEUGDORF SEIFFENより出典)
19世紀ごろ 子供も労働の一端を担う
(SPIELZEUGDORF SEIFFENより出典)
グンターフラット作「おもちゃ職人の部屋」
グンターフラット作「おもちゃ職人の部屋」

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